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【石川大徳】前編「プロ初アシストが佐藤寿人さんだったことがうれしかった」

2016.12.30

|初優勝した2012年に森保監督から言われた忘れられない言葉

石川大徳のもとに森保一監督が歩み寄ると、こう声を掛けられた。

「何でノリ(石川)のことを起用しているか分かる?」

それは2012年シーズンも半ばを過ぎたころだった。森保監督からの突然の問いかけに驚いた石川は、正直に「分からないです」と答えた。すると指揮官は自らその理由を説明してくれた。

「ミカ(ミキッチ)より、今のノリのほうが(パフォーマンスが)いいからだよ。ミカにも、そう伝えて納得してもらっている」

それまで途中出場の多かった石川は、右ウイングバックのポジションを競うミキッチが負傷したことで、先発出場するチャンスを得ていた。その年のJ1初先発となった7月14日の川崎フロンターレ戦では、前半19分にプロ初アシストを記録。そこからスタメンに名を連ねるようになった石川は、ミキッチがケガから復帰してもなお、先発する機会を与えられていたのである。だからこそ、指揮官の言葉が素直に胸に響いた。

「すごいうれしかったですね。自信にもなりましたし、モチベーションも上がりました。それからもポイチさん(森保)は自分のことを我慢して使ってくれて。だから、ポイチさんのことを男にしたいなって。それに自分自身も純粋に優勝してみたいなって思ったんです」

迎えた2012年11月24日、広島はJ1第33節でセレッソ大阪に4-1で勝利すると、クラブ史上初となるJ1初優勝を達成した。その試合でJ1初ゴールを記録した石川は、途中交代したベンチでチームメイトと歓喜の瞬間を噛みしめた。

「あのときは、2位のベガルタ仙台とアルビレックス新潟の結果によって優勝が決まる状況で、新潟が1-0でリードしているって、メンバー外の選手たちがベンチの後ろで叫んでいた。それを僕はベンチで聞いていたから知っていて、だから試合終了の笛が鳴ったときは、本当にうれしかったですね。優勝が決まったと分かってもまだ、どこかフワフワしていて、信じられないというか。泣きはしなかったですけど、とにかくうれしかったことは覚えてますね」

それは彼自身にとってキャリアのピークでもあると同時に、自分自身が積み重ねてきた努力が報われた瞬間でもあった。

|意識を変わったプロ2年目では先頭を走り食らいついた

流通経済大学を卒業した石川は、2010年に広島へと加入する。希望を抱いてプロとしてのキャリアをスタートさせた石川だったが、1年目は全く結果を残せずに終わった。

「チームのミニゲームとかで対面するのが(服部)公太さんだったんですけど、とにかくめちゃめちゃうまくて。大学のときはほとんど対面する相手にやられたことはなかったのに、公太さんには練習のときからいつもやられてました。何が違うかって、特に一瞬の動き出しが違う。自分が気づかないうちに裏を取られていることも多くて、スピード感も含めて何もかもが違いましたね」

大学時代は、浦和レッズのDF宇賀神友弥やベガルタ仙台のMF金久保順、さらにサガン鳥栖のGK林彰洋ら錚々たるメンバーとプレーしてきただけに、自信は持っていた。ところが広島では、得意のスピードだけではなかなか勝負できなかったのである。

「技術の正確性や判断のスピードが全く違った。そのときの自分はまだ3人目の動きが見えていなかったり……。その足りないところを成長させて、(練習で)公太さんに勝たなければ、試合に出られないということは分かっていたんですけど、大学で試合に出ていたという変なプライドが邪魔して、素直に認められないところがあったんですよね」

だから、現・浦和のミハイロ・ペトロヴィッチ監督がチームを率いていた2010年、石川はリーグ戦1試合のみの出場に終わった。

「寝られなかったですね。広島を選んだことが失敗だったのなかって思ったときもありました。他のチームに行くべきだったのかなって、自分自身の決断を悔やんだこともあります。きっと、何かのせいにしたかったんでしょうね」

プロ1年目を終えて「何かを変えなければならない」と自問自答した石川が、考えた末に辿り着いたのが「意識」を変えることだった。

「せっかくプロになれたのに、このままじゃ格好悪いなって思った。僕は男3兄弟の三男なんですけど、3人ともサッカーをやっていて、奇跡的にプロになれたのは自分だけ。だからこそ、両親にプレーしているところを見せてあげたいなって思った。それで2年目はキャンプのときから、チームで走るときには先頭に立とうって考えたんです。当時、チームではアオくん(青山敏弘)やマル(丸谷拓也)が先頭で、2人はすごく早かったんですけど、そこについていこうと思って、ずっとがんばっていました。もう、自分の心臓が破裂しそうなくらいきつかったんですけど、それでも必死に2人に食らいついていった。そうしたらその年、ほぼ全試合でメンバー入りできたんです。出場したのは11試合でしたけど、自分的に2年目は、ガラッと状況が変わったと思っています」

プレーにも工夫や変化があったのかと聞けば、「意識だけだと思います」と即答できる潔さがある。ただ、プロサッカー選手らしくなった彼は、森保監督が就任した2012年、選手として大きく飛躍した。

「ポイチさんが監督に就任して、フラットな状態で勝負できるな、とは思いました。(ポジションを争う)ミカ(ミキッチ)は僕より経歴もあるし、人間的にも素晴らしい人だった。何より速かったし、ミカにボールが渡れば何かが起きる期待感を、僕自身も感じていた。ただ、あの突破は、僕にはできない。だから周囲とのコンビネーションでサイドを突破していこうと考えました。幸い当時のチームには、アオくんや(髙萩)洋次郎くんと見てくれる選手がいたので、そこで勝負しようと思ったんです」

|佐藤寿人と残って練習したクロスの成果

そんな石川にもう一人、手を差し伸べてくれた人がいた。石川にとっては大先輩であり、チームにおいてはエースストライカーとして君臨していた佐藤寿人である。

「それまではやっていなかったんですけど、あの年(2012年)、練習が終わった後、寿人さんが声を掛けてくれて、残ってクロスを上げる練習をするようになったんですよね」

日本を代表する点取り屋との居残り練習は、石川にとって試合に直結する効果があった。

「(練習で)ダメなときは自分でも分かるじゃないですか。でも、練習していくことで、寿人さんがここに欲しいというのが具体的に分かるようになった」

冒頭でも触れた2012年にJ1初アシストを記録した川崎戦で、石川のパスから得点を決めたのが、他でもない佐藤だった。

「僕のプロ初アシストが寿人さんだったことが、またうれしかった。居残り練習に付き合ってくれた成果を感じることができたんです」

そこから石川は出場機会を増やし、森保監督からの信頼を勝ち取っていく。ミキッチがケガから復帰してもなお、森保監督が併用してくれたことで得た自信は、プレーにも現れるようになった。

「その年の優勝を懸けた大一番の仙台戦 (J1第25節)があったんですけど、逆サイドの(清水)航平からのクロスが僕のほうに流れてきて、もう一度、クロスを上げようと思って、寿人さんと練習していたときのようにニアに上げたんです。結果的に寿人さんには合わなかったんですけど、GKが弾いたところを洋次郎くんが詰めて得点して勝つことができた。もし、あの場面でふんわりとしたクロスを上げていたら、GKにしっかりと弾き返されていただろうし、まさに寿人さんとの練習のたまものだなって感じましたね」

優勝を決めたJ1第33節のC大阪戦でも、青山の得点を頭でアシストしただけでなく、後半開始5分には自らのJ1初ゴールを決めてタイトルをたぐり寄せた。

プロ3年目でつかんだ自信とタイトルという勲章。ただ、このときの彼はまだ、その未来に苦悩が待ち受けていることを知らなかった。

取材・文/原田大輔

<プロフィール>
石川大徳 ・ いしかわひろのり
1988年1月6日生まれ、東京都出身。流通経済大学を卒業した2010年にサンフレッチェ広島に加入。プロ3年目となる2012年に出場機会を増やし、チームのJ1初優勝に貢献した。2013年途中にベガルタ仙台へ期限付き移籍するが、翌2014年にアキレス腱を断裂する大ケガ負う。2015年には大分トリニータ、水戸ホーリーホック、2016年はザスパクサツ群馬、SC相模原でプレーし、今シーズンをもって現役を引退することを決意する。今後は選手の仲介人としてセカンドキャリアをスタートさせる。

>>後編「ケガで苦しんでいる選手たちのサポートがしたい」

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