「背番号10」がピッチに立ったのは2-4で劣勢に立たされていた65分だった。ミランはアウェイにて低迷するサッスオーロと対戦。9分にロビーニョ、13分にマリオ・バロテッリが得点するところまでは良かったが、15分に失点すると立て続けにゴールを奪われ、前半のうちに逆転を許してしまう。さらに後半立ち上がりの47分にも失点したミランは、2点を追いかける展開を強いられる。そして、ハーフタイムにはウォーミングアップのペースを上げていた本田圭佑が、65分、ロビーニョに代わってピッチに送り込まれた。それは、本田のセリエAデビューの瞬間だった。
アウェイで2点を追うミランのマッシミリアーノ・アッレグリ監督は、55分にリッカルド・モントリーヴォとジャンパオロ・パッツィーニの2枚替えを実行していた。それに伴いシステムも4-3-2-1から4-4-2に変更。2トップにはマリオ・バロテッリとパッツィーニが、中盤の底にはナイジェル・デヨングとリッカルド・モントリーヴォが並んだ。途中出場した本田は、カカーとともに2列目を担い、劣勢に立たされるチームの攻撃を活性化させることを期待された。
本田は出場直後に右サイドから中央へ顔を出し、デヨングら中盤と細かいショートパスを幾つか交換する。このプレーでは守備に重点を置くサッスオーロのプレッシャーを受ける中、ひとつもミスをすることなくパスを成功させ、かつ大味な攻撃に終始していたミランの攻撃にテンポとリズムという繊細さを加えた。
|ポストに直撃するシュートはインパクトを残す
中盤ではカカーひとりにゲームメイク、キープという負担がかかっていたミランだが、球離れのよい本田のプレーにより、マークは分散し、スペースが生まれる。ボールも人も動くようになり、明らかに攻撃の質と方法は改善の兆しを見せた。ゴールを奪いに出たミランは、両SBのマッティア・デシーリオとエマニュエルソンが高いポジションを取り、サイドMFとして出場した本田はカカーとともにやや中央に絞り気味の位置でプレーし、主にバイタルエリアで勝負する。その一方で中盤の底からゲームを作れるモントリーヴォが、自らの力で状況を打開しようと持ちすぎたこともあり、引いた守備網を崩すのに必要な細かいパスワークとゴール前での動きが制限されたが、本田はそうした状況下でも存在感を示した。
ハイライトは83分だった。ペナルティーエリア手前にミランの選手たちが居並ぶ中、ボールを持ったモントリーヴォから本田へ斜めのパスが通る。本田はこれをダイレクトでシュート。抑えの利いた得意の左足シュートは、右ポストに直撃する。決まっていれば、初出場でいきなり初ゴールという鮮烈デビューになったが、ミランでの初ゴールは、ジュゼッペ・メアッツァでの次節、ホームゲームへとお預けとなった。
86分にモントリーヴォがドリブルで運び、ゴール右から逆サイドを突くシュートを決め、1点差に詰め寄ったが、アディショナルタイムの猛攻虚しく、ミランは3-4で逆転負け。4試合無得点かつ未勝利だったサッスオーロに、6試合ぶりの勝利をプレゼントしてしまった。
さらにサッスオーロのドメニコ・ベラルディが、ミラン相手に1試合4得点という強烈なインパクトを残したことで、ミランの新たな背番号10の初陣を薄れさせた。イタリアでは2得点をドッピエッタ、3得点をトリプレッタと表現するが、1試合で4得点のポーケルを達成する機会は滅多にお目にかかれない。しかも、そのどれもがスーパーゴールであり、この活躍で得点ランク2位タイに躍り出たベラルディには、多くのクラブが熱視線を送っていることだろう。
|下位に敗れたことでアッレグリ監督が解任
試合翌日には、本田のデビューをさらに薄れさせるようなニュースが飛び込んでくる。1月13日、ミランがアッレグリ監督の解任を発表したのである。すでに今シーズン限りでの退任が決まっていたアッレグリ監督だったが、11位と低迷していた上に、アウェイとはいえ下位相手に逆転負けを喫したことで、どうやら上層部も我慢の限界に達したようだ。イタリアでは3試合黒星が続けば、下位であっても指揮官の立場は危うくなる。それが強豪ともなると、成績に加えて、下位に敗れることも、たとえ前節で勝利していたとしても、十分に解任の引き金となるのだ。
しばらくは、暫定でアシスタントコーチを務めていたマウロ・タソッティが指揮を執るとされている。後任には、本田の前に背番号10を纏っていたクラレンス・セードルフやフィリッポ・インザーギの名前も挙がっており、少なくとも2月19日のCL決勝トーナメント1回戦1st Legまでには決まることだろう。
合流してまだ間もない本田にとって、指揮官の交代など、揺れ動くチーム状況は不運であるとも考えられるが、逆にチャンスでもある。1月8日に記者会見を行い、わずか4日で試合に出場するなど、「背番号10」にかかるクラブやティフォージの期待は高い。実際、サッスオーロ戦でもアディショナルタイム含め30分の出場ではあったが、チームメイトにもしっかりと存在感を見せつけた。苦戦する今シーズンのミランに新風を吹かせとすれば、それは間違いなく「背番号10」であろう。逆境に立たされるほど、頼もしく感じる日本のエースは、おそらくこの状況すら自身の輝かしい未来への布石として、楽しむはずだ。
(文:原田大輔)